溶連菌感染症って病気を聞かれた方、経験された方も多いと思います。

以前に、溶連菌をものすごく心配されて

溶連菌だったら、薬飲まないと治らないんですよね。」

なんて言われてびっくりしたことがあります。

溶連菌は薬がないと治らない?
という事は、溶連菌感染症で死ぬ人がいっぱいいるってこと?

そんなことはないですね。
恐らく、今の日本で、風邪程度の溶連菌感染で亡くなる子どもさんは一人もいません。

また、溶連菌って悪い細菌で、腎炎を起こすから必ず抗生物質(以下、抗菌薬)を飲ませなさいって説明されている方がいます。そりゃ〜大切なお子さんが腎炎!なんか発症されたら大変です。こんな話を聞くと怖い細菌って思いますよね。必死で薬を飲ませようって思うのが当然です。だけど、そんなに怖がらなくても大丈夫です。


ここで溶連菌感染症のことを、プライマリケアの小児科医の立場から、できるだけ分かりやすく解説してみます。

溶連菌は細菌です。普通の風邪はウイルスによるものですね。
だけど、溶連菌はほとんど唯一風邪の原因となる細菌なのです。

じゃ、溶連菌は普段はどこにいるのでしょう?
空気中をふわふわ漂っているのでしょうか?それとも、土の中に住んでいる??
考えてみて下さい。





わたしは細菌を使った研究を少ししていたのですが、細菌はとってもデリケート。
ちょっとでも温度が変わったり、細菌を増やすための栄養を間違ったりすると、あっという間に死んでしまいます。

細菌というのは、空気中とか、水の中とか、普通の環境の中では生きていけないのです。




答え:溶連菌は体の中に住んでいる。

が正解です。


溶連菌が住んでいるのは口の奥で、咽頭という部分です(右図黄色い円)。
なお、鼻の中には肺炎球菌とかインフルエンザ菌が住んでいます(赤い円の部分)。
細菌も種類によって住みやすい場所が違うので、住み分けをしているようですね。

その他、溶連菌は皮膚の上にも住んでいることがあります。
傷の上で溶連菌が増えると、とびひを作ることがあります。





溶連菌を持っている子どもはいくらでもいます。
これを保菌者と言います。特に保育所に行ってると、高いところでは3割の子どもさんが保菌者になってしまいます。

(参考文献)
健康児童の咽頭溶血レンサ球菌保菌状況
Author:田中 大祐(富山県衛生研究所), 磯部 順子, 細呂木 志保, 清水 美和子, 永井 美之, 田中 桂子, 田中 有易知
Source: 富山県衛生研究所年報 (0917-0707)25号 Page115-117(2002.10)

溶連菌を持ってるなんてとんでもない!
すぐに退治しなきゃ!


なんて考えるあなた。驚く必要はないです。

彼らは何の問題もなく機嫌よく普段の生活をしているわけです。
溶連菌を持っていることは、体に悪いことではないのです。



溶連菌がいるかどうかは、のどの検査で確かめることができます。

しかし、こういった保菌者の子どもは、検査をするたびに陽性に出てしまいます。
風邪を引くたびに溶連菌が陽性になる子どもさんもいますが、単なる風邪か溶連菌感染かが分かりにくく、その度に溶連菌の薬(抗生物質)を飲んでいるんです、、という人もいます。
余計な検査が、不必要な投薬を生んでしまっているのかもしれませんね。

では、溶連菌感染症として治療しなければいけないのはどのような場合か?
これは、何かをきっかけに、溶連菌が増えすぎて、体に有害な場合です。

専門的に言うと、溶連菌のcolonizationは治療する必要がなく、infectionは治療した方がベターということです。colonizationとinfectionは慣れた小児科医なら間違えることはないと思います。


例えば、右の写真

強いのどの痛みがあって、のどの粘膜(赤いところ)に点々と赤いところがありますね。これは溶連菌が増えすぎて、粘膜下出血というのを起こしている状態です。

また、溶連菌による扁桃炎や、頚部リンパ節炎、肺炎も治療すべきです。

※治療はペニシリン系の抗生物質を3日〜5日間服用します。
セフェム系等の広域抗生物質(フロモックス,メイアクト等)は溶連菌だけでなく,他の大切な細菌も減らしてしまうので,できるだけ使わないようにしましょう.


逆に考えれば、単なる風邪症状であれば、たとえのどから溶連菌が検出されたとしても、治療をする必要はないということです。


最後に合併症のことを書きます。

溶連菌の合併症で有名なのは、腎炎とリウマチ熱です。


腎炎は、正確には溶連菌感染後糸球体腎炎と呼ばれるもので、溶連菌に対するアレルギー反応です。この腎炎を起こした子どもさんの血液からは溶連菌に対する抗体がたくさん見つかりますので、溶連菌が原因のひとつであることは間違いありません。

しかし、実は溶連菌感染を発見し,治療したからと言って、この腎炎を防ぐことができるのかは分かってないのです。多くの子どもさんは,あまり症状が出ないままいつの間にかアレルギー反応が起こって腎炎を起こしてきます.のどの検査(迅速検査)では、ホントの感染かどうかは判断できません。毎回血液検査をして、溶連菌の反応が出ているかを見れば早期発見できるのかもしれませんが,子どもにとっては大変な負担です。現実には不可能ですね.

 もっとも急性腎炎は確かに気をつけなくてはいけませんが、大部分は安静と食事療法だけで治る病気です.つまり寝てるだけで治ります.大きな心配は要りません.実は筆者も中学生で急性腎炎になりました.昔は多かったのです.今は極めて少なくなりました.

※単なる保菌者の子どもさんが溶連菌感染後腎炎を起こすことはありません.
溶連菌がのどから検出された場合,単なる保菌者か,溶連菌感染症なのかは,経験のある小児科医なら判断することができます.臨床医の目が最も大切なのです.


※腎炎を起こすのは免疫力が完成した小学生以上の子どもさんがほとんどです。3歳未満はまず起こさないと思っていただいて結構です.低年齢の子供さんは溶連菌の心配をする必要はありません.基本的に検査も不要です.


なお、リウマチ熱は日本ではほぼなくなってしまった病気なので、一般の人は気にする必要はありません。わたしも過去に軽いリウマチ熱を一人だけ診断したのみです。のべ20万人以上は診察していると思うのですが、、、

※補足ですが、リウマチ熱は第二次大戦のときに米軍の軍隊で多発した病気です。軍隊の青年は若く屈強ですが、こと感染症ということであれば子どもと一緒です。そこに毒性の強い溶連菌が入って来た。軍隊だから集団生活していますので、あっという間に広がって、みんな扁桃炎を起こし、たくさんのリウマチ熱が発生しました。そこで、きつい扁桃炎(滲出性扁桃炎)を起こした人で、抗菌薬(ペニシリン)を服用した群798名、服用しなかった群804名でリウマチ熱の発生数を比較したのです。すると、それぞれ4名(0.5%)、23名(2.9%)だったことがわかりました。これが溶連菌に対して抗生物質を服用するようになった根拠です。詳しくはここにあります。
なお、同時期に他の抗菌薬(サルファ剤)でも調べられていますが、こちらの方は効果がないという結果でした。

 とは言っても、これって70年も前の話です。しかも、対象は子どもじゃなく、成人で溶連菌によると思われるひどい扁桃炎を起こした場合の話です。リウマチ熱の発症率も極めて高いので、当時の溶連菌は今とは全く違う毒性だったでしょう。その後にはリウマチ熱の発生率も下がってきて、1985年のスコットランドのナショナルデータでは、抗菌薬ではリウマチ熱は防げないという結論になっています。



ということで、溶連菌感染を繰り返すからと言って心配する必要は全くありません。
風邪症状くらいの軽症の溶連菌感染症は、そもそも保菌者が検査で引っ掛かっているだけの可能性が高いし、真の溶連菌感染症であったとしても、ほとんど自然治癒します。

子どもさんで溶連菌を疑って受診して欲しいのは、食べられないくらいひどくのどを痛がる時とか、リンパ節がグリグリ腫れるとき、体に普段見られないようなぶつぶつができたときです。



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溶連菌感染症 〜腎炎とリウマチ熱はなぜ減ったのか?〜

溶連菌の合併症である腎炎とリウマチ熱は,現在はほとんど見られなくなりました.
その理由はよく分かっていません.これほど少なくなった病気ですから,今後もその理由を解明することは不可能です.

以下はその理由についての推理です.


溶連菌関連の腎炎,リウマチ熱は免疫病です.細菌そのものが悪いんじゃなく,細菌をやっつける抗体ができると,その抗体が体を攻撃してしまうのです.

免疫は生まれたときにはほとんど自前の免疫力はなくって,徐々に発達し,4〜6歳頃に完成します.
原則として,細菌でもウイルスでも,移植した誰かの組織でも,異物を追い出そうとするのが免疫です.
そのために抗体というのが体で作られるのです.
実は,年齢が小さければ小さいほど,体は免疫の相手と共存しようとします.
移植でも,低年齢の方が生着しやすいということが分かっています.

ですので,免疫病は,ある程度の年齢に達した児で,強く免疫応答が起こるときに発症するのです.
細菌やウイルスは,“初めて”感染するときにもっとも強く免疫が働きます.
2度目,3度目の感染になると,前の記憶があるので,強い免疫応答は起きなくなってきます.
この原則をご理解下さい.

では,過去にリウマチ熱は,どのような人が発症したのか?

実は最初に流行したのは米国の軍隊です.元気な若者の間で溶連菌が流行し,リウマチ熱になって苦しむ人が続出したのです.恐らく,軍隊で若者が集団で生活する間に,溶連菌が次々と感染して行ったのでしょう.それまで溶連菌が問題になることは少なかったので,大半は軍隊に入ってから初めて溶連菌の感染を経験したはずです.
だから免疫応答も強く,免疫病であるリウマチ熱が多く発症したのです.

もっと時代をさかのぼってみましょう.溶連菌と人類がいつからお付き合いしているかは定かではありません.19世紀後半に米国で書かれた若草物語には猩紅熱の記載がありますね.日本でも明治時代に猩紅熱ってあったそうです.それ以前にどのくらいあったかは分かりませんが,インフルエンザや天然痘のように歴史上で大流行したという記録はありません.

溶連菌は飛まつ感染でそれほど感染力の強いものじゃないでしょう.
昔から局所的な感染はあったでしょうけど,世界で大規模な流行が始まったのは若者が集団で生活するようになった第一次世界大戦くらいからだったのではないかと,わたしは考えています.

日本で溶連菌が増えだしたのは,1945年の終戦後,米軍が来てからではないでしょうか.
恐らく,米軍の人の中に,溶連菌を持っている人がたくさんいたのでしょう.
※菌を持っているけど,症状が出ないってのを保菌者と言います.
ウイルスと違って溶連菌の伝播する力は弱いので,何十年もかけてゆっくりと人々ののどからのど,鼻から鼻へ広がっていったものと思われます.

細菌が伝播するのは,集団生活です.軍隊もそうですが,もっと大規模な集団生活は,,,学校ですね.

戦後は6-3-3の教育が始まりました.小学生で初めて集団生活を開始するので,学童で溶連菌が流行したものと思われます.
この年齢で初めて溶連菌に感染した子どもは,免疫応答が強く,自己抗体を作る結果急性腎炎やリウマチ熱が起こすことになったでしょう.

1960〜1970年代頃からは徐々に幼稚園が普及しだします.1980年代は大多数の子どもが幼稚園に通う時代です.
この時代には幼児の間に徐々に溶連菌感染が広がっていったのでしょう.
実は、リウマチ熱や急性腎炎は,この時代から減少が見られだしました.

1990年代になってからは,保育所が発達しますます低年齢から集団生活することが当たり前になってきてます.現在では1歳児で約20%が既に集団生活を行っています.約70%は3歳までに集団に入るようです.

乳幼児の集団生活が当たり前になってくるとウイルス感染症とともに,鼻咽頭の細菌も広がっていくことになります.
ウイルスが誘発する咳にのって,溶連菌も飛び散るからです.

現在では集団生活での溶連菌の保菌率は20〜30%にもなるそうです.
ヒトと溶連菌が共存する時代になってきたと言えるかもしれません.なお、保菌が多くなると菌の毒性は自然に落ちてきます.
免疫システムが働くほどの毒性を持てば,菌の生存率も下がってしまうので、毒性の低い菌の方が生き残りやすいからです。

※ヒトに感染する微生物は必ず毒性を減らす方向に進化します.細菌にはそういった生存圧が常にかかっています。


任意の時期に調べて,5名に1名が溶連菌を持っているのであれば

その他の4名も必ず溶連菌に曝露されているでしょう.

ということは大多数の乳幼児は溶連菌に知らない間に感染するか,もしくは保菌を経験しているということになります.
現在では、恐らく小学生や青年期になって初感染を起こす人というのはほとんどいなくなっているのでしょう.

何度目かの感染では,初感染ほど免疫応答は強くない.
だから急性腎炎,リウマチ熱になるような,自己免疫疾患を起こすことはなくなってきたものと思われます.

まとめると,わたしの推理は,
近年,乳幼児の鼻咽頭の細菌叢に変化が起き
低年齢からの溶連菌感染(もしくは保菌)が普通になったから,急性腎炎,リウマチ熱が減った,というものです.

低年齢の感染症罹患は良いこともあるのでしょう.





溶連菌感染症について