食物アレルギーが増えたわけ  その1

 赤ちゃんの湿疹、気になりますね。アトピーでしょうか?アレルギーでしょうか?なんてよく聞かれます。当院で早期から治療して、ミックスパウダーを食べてた赤ちゃんも多かったでしょう。

 乳児湿疹、アトピー、アレルギー、、色々な言葉が出てきて、混乱されている方も多いのではないでしょうか。ここでは、できるだけ分かりやすくその関係についてお話します。理屈が分かれば、アレルギーを防ぐこともできますよ。



 さて、最近は乳児湿疹も食物アレルギーも激増しています。3年前に行った調査では、1歳児のなんと4人に1人程度は何らかの食物制限をしていました

 一番多いのは卵です。次に牛乳(ミルク)、小麦などですね。
もともと人は雑食です。何でも食べられる!って遺伝子を持ってるんですよ。それなのに、特定の食物が食べられないなんておかしくないですか。何が悪いのでしょう。

実は、近年になって赤ちゃんの育つ環境の中で、何かが決定的に変わって来たんです。




下の写真は某NHKの番組の一場面をキャプチャしたもの。
アマゾンで原始的な暮らしをしている家族です。



画像で見ると子どもたちの肌はつるつるでした。こういう生活が良いのかもしれません??





実際、自然の暮らしを行っている人々ほどアトピーもアレルギーも少ないことははっきりしています。

じゃ、何が違うのでしょう?

今の食べ物は、自然じゃない。色々な物に毒されてるから肌に出るんだ。
なんて仰る人もいます。

人工的な食物=悪玉説ですね。だから一生懸命に卵とか牛乳、その他さまざまなものを赤ちゃんに食べさせないことで赤ちゃんのアレルギーを防ごうって人もいます。

じゃ、単に自然に戻るのが良いのでしょうか?自然食ばっかり食べている人っていますよね。




右の写真を見てください。美しい風景です。ここの植物はいかにも体に体に良さそうじゃないですか。やっぱり自然が良いんだ。







な〜んてことはないので、実は自然の物がもっとも危ないし、体に悪いのです。

植物って常に過酷な生存競争にさらされてます。だから、生存競争に勝つために、自分は増えて他を成長させないような仕組みを備えてるんです。
正確に言うと、たまたまそういった遺伝子を持った種が生き残りやすく、結果として現在も繁栄してるのです。

そんなわけで、実は自然の植物は毒だらけ!なんです。特に高山植物なんて危ないですよ。自然の植物は見るだけなら良いけど、食べると体に良いことなんてないです。

一方、コメとか小麦とか、食用に栽培されているのは過去に何千年もかかって品種改良が行われてきたもので、ほぼ完全に無毒化されています
ありのままの自然ってのは、まったく人間にやさしくなくって、むしろ、お店で売ってる食品の方がはるかに安全です。食物≒悪玉説はとりあえず置いておいてください。赤ちゃんの湿疹と食物とは何の関係もありません。
別項にも書きましたが、ここの部分の勘違いが食物アレルギーを増やしちゃったのです。

※ある種の自然主義は反知性主義と結びついて、反科学、反ワクチンみたいなちょっと変わった思想になっていきます。それが食物アレルギーの考え方に影響しちゃったってこともありますね。事実は別のところにあるので、似非科学には十分にご注意下さい。


食べ物が原因じゃないとしたら何でしょう??自然の生活と今との違いはなにか、ちょっと考えてみましょう。









実は決定的に変わったのは、赤ちゃんを取り巻く細菌の環境なんです。


???

でしょうか。

細菌なんて汚い!って思っておられるあなた。まずはその考えから変えていきましょう。

全ての生物は、周囲が細菌だらけの環境の中で生きていくように進化してきたものです。もちろんヒトも一緒です。多細胞生物はどれも様々な細菌を利用して生きていくような遺伝子を持っているのです。細菌は汚いもの、要らないものじゃなく、体のため、生きていくためには必要なものだと考えてください。


じゃ、ヒトの体の中でもっとも細菌が多いのは?

腸の中です。たくさんの腸内細菌によって腸の機能が守られています。

次に多いのは、皮膚の上ですね。皮膚のきれいな人ほどたくさんの種類の細菌が皮膚に住んでいるはずです。


食物アレルギーは、腸管の細菌も関係しますが、もっとも直接的に関係しているのは皮膚の細菌叢の変化です。


ここで少し皮膚の上の細菌について解説してみます。。


赤ちゃんはお母さんのお腹の中で大きくなります。お腹の中はほぼ無菌です。そのままでは外に出て生きていけません。ですので、産まれた瞬間から様々な細菌が皮膚に付いて増えていきます。
細菌は周囲の人々、主にお母さん、お父さんからもらうんですね。

蛇足ですが、赤ちゃんはお母さん、お父さんから染色体に入った遺伝子をもらいますが、両親と接触することで、細菌をもらいます。たくさんの細菌に含まれる遺伝子が赤ちゃんに移行するのです。。世代間の遺伝子のやり取りは、染色体によるものだけでなく、産まれてからの環境でも行われるということです。
夫婦も体質が似てきますよね。それも細菌環境が似通ったものになるからでしょう。




赤ちゃんの皮膚には産まれた瞬間から様々な細菌(常在菌)が付きます。それがどんどん増えて、皮膚を守るような分泌物を出します。細菌は自分を守ると同時に、宿主である赤ちゃんが元気に生き延びないと遺伝子を残せません。だから、自分を守るだけでなく、自分を住まわせてくれている赤ちゃんの皮膚が健康になるようにしてくれているのです。

細菌はそうやって生き残るような遺伝子を持ってる。逆に考えると、ヒトと共存するような細菌が生き残りやすかったということです。


つるつる肌の赤ちゃんっているじゃないですか。

たくさんの善玉細菌に守られてるから、皮膚の保湿力が高く、水っぽく見える。だから、きれいなんですね。


ここまでOKでしょうか?

赤ちゃんの皮膚はたくさんの種類の細菌(常在菌≒善玉菌)によって守られている、という原則をきっちり理解してください。





ところがっ!、現代ではそういう常在菌だけでなく、“感染症”の原因となる細菌も周囲にたくさんいます。これがいわゆる悪玉菌ですね。

悪玉菌は善玉菌がたくさんいるところでは生えにくいんです。
ですが弱い皮膚、不健康な皮膚では善玉菌を押しのけてグワっと増えちゃいます。




この赤ちゃんの皮膚


湿疹が出てますね。なんでこんな湿疹が出ると思いますか?

やっぱりアレルギーでしょうか?






なーんてことはありません。何度も書いてますが、アレルギーと湿疹は関係ありません。


赤ちゃんの皮膚はもともと弱いですが、分泌物が多いでしょう。これは善玉菌が早く増えて、皮膚を守ってくれるようにするために、細菌が増えるようなえさを出しているんです。
そこに悪玉菌がついちゃったのが、上の写真です。いかにも汚くって悪い細菌がいそうでしょう。



こういった湿疹の皮膚からは、ほとんどの場合“黄色ブドウ球菌”が検出されます。

下の表は当院を受診された重症の乳児湿疹(乳児アトピー)の赤ちゃんのデータです。
皮膚培養の検査をした赤ちゃんから100%黄色ブドウ球菌が検出されています。
鼻から出ることもありますね。



特に皮膚の黄色ブドウ球菌は問題です。

次のデータを見てください。


グラフの上は皮膚から黄色ブドウ球菌が検出されなかった群
下は検出された群で、TARC値を比較したものです。
統計学的に有意(マン・ホイットニ検定でP=0.040)に黄色ブドウ球菌が検出された群の方がTARC値が高いのです。特にべらぼうにTARCが高いのは必ず黄色ブドウ球菌が関係しています。

つまり、黄色ブドウ球菌が皮膚にいることがTARC値を上げる原因になっているわけです。

ここでTARCの説明をしておかないといけませんね。
TARCというのは体内で作られるTH2ケモカインという物質です。体の免疫を作るリンパ球は、Th1細胞とTh2細胞に分けられます。大ざっぱに書くと、Th1細胞は通常の抗体(麻疹とか水ぼうそうとか、、ワクチンで作られる抗体)を作るリンパ球です。Th2はアレルギーを起こす抗体(IgE抗体)を作るリンパ球です。

TARCは未熟なリンパ球に作用して、Th2細胞へと変化させます。
ざっくり言ってしまうと、TARCが高いことで赤ちゃんのアレルギー体質が作られるってことです。






ここまでのまとめです。

赤ちゃんの頃から黄色ブドウ球菌が肌に付くと、皮膚の炎症から湿疹を作り、TARCを上げてアレルギー体質を作ってしまいます。食物アレルギーは、赤ちゃんの皮膚の細菌バランス(細菌叢)に問題があるから起こるものだったんですね。

アレルギーはもともと持って生まれた体質って思ってる人もいますけど、違います。アレルギーは産まれてからの環境で作られるものなんです。
ということは、防ぐことも可能だってことです。



黄色ブドウ球菌とアレルギーに関しては、かなり大規模な研究もおこなわれています。

ここに詳しく書いてます。
読むの面倒だって人にはこれ。



縦軸はIgEです。この値が高いほど、アレルギー体質だってことです。

No staphは黄色ブドウ球菌は生えてない群
MSSAは普通の黄色ブドウ球菌
MRSAは抗菌薬(抗生物質)に耐性のブドウ球菌

比較すると、黄色ブドウ球菌、中でもMRSAがものすごくIgEを引き上げていることが分かります。しょっちゅう子どもに抗菌薬を飲ませてる方、MRSAが生えやすくなるのでダメですよ。


じゃあ、なぜ黄色ブドウが赤ちゃんの皮膚に付いちゃうのか?考えてみましょう。


もともと黄色ブドウ球菌は、ヒトの皮膚にはいなかった細菌です。
ヒトの肌にいるのは無毒の表皮ブドウ球菌や、その他たくさんの皮膚を守っている菌なんです。実際、上の写真ような乳児湿疹を治療すると、黄色ブドウ球菌はいなくなって、表皮ブドウ球菌が検出されることが多くなります。



しつこいようですが、この写真を見てください。



実は、この家族の皆さんは、黄色ブドウ球菌なんて持ってないんです。
ですから、乳児湿疹もアトピーもありません。アレルギーもほとんどないと思います。



ですが、現代人は黄色ブドウ球菌を持ってる人がとっても多い。
ちょっとした皮膚炎で培養検査をすれば、みんな黄色ブドウ球菌が検出されます。


昔はなかった菌が、なぜ今は持ってる人だらけになったんでしょうか?
黄色ブドウ球菌ってどこから来たの?って思いませんか。
どこか地球外の星からでもやってきたのでしょうか??



実は黄色ブドウ球菌は、善玉菌である表皮ブドウ球菌の突然変異で発生したものです。細菌は突然変異をしょっちゅう起こすのです。ですが、健康な皮膚では、表皮ブドウ球菌等の善玉菌を押しのけて生きることはできません。黄色ブドウ球菌は、健康でない皮膚、すなわち皮膚の傷から傷へと渡り歩いて生き延びてきたんです。と言うことは、上に出したような小さな集団では、黄色ブドウ球菌がずっと生き延びることはできません。

ところが現在はどうか?

この写真を見てください。



ヒトがホモ・サピエンスとしてアフリカに出現して、7万年前(←諸説あり!)にアフリカを出て行った。このときの人口は1万人くらいだったとされています。広いアフリカでぽつりぽつりと小さい集団を作って生きていたんです。

ところが、現在の人口は72億人!ヒトが地球上に出現して以来、もっとも数を増やした時代です。こんな雑踏、本来の人間の生活だとあり得ないでしょう。

こんなのもどうですか?



こどもが大集団になるなんて、ごく近年までなかったのです。これも本来のヒトの生活とはものすごく縁遠いものなんです。




近年、爆発的に人口が増え、しかも肌と肌が触れ合うことが増えた。
だから、黄色ブドウ球菌も生き残りやすくなった。いまじゃ、ヒトの集団の中で普通に住んでいるまでになったわけです。ヒトが住む環境の変化が皮膚の細菌叢の変化を引き起こしてきたってわけです。


さらに、現代の生活様式が黄色ブドウ球菌を増やしたのは間違いありません。

この写真はどう思います?



みんな赤ちゃんの肌をきれいに保つ、清潔にするために、毎日石鹸で洗ってあげるのが良いと思ってますよね。

ですが、石鹸は非常に強力な殺菌作用があります。一度洗うだけで皮膚の上の細菌をガクンと減らしてしまいます。

赤ちゃんのうちから毎日石鹸で洗われるのは、常在細菌叢(≒善玉菌)が育ちくくなります。みんなそうだから、現代ではヒトの肌に住む菌の種類がどんどん少なくなってきているはずです。

細菌同士も自らのコピーを残すために生存競争です。常に他の細菌を排除しようとしています。細菌の多様性が、あるひとつの細菌が突出して増えることを抑制しています。

しかし、その多様性が徐々に失われてきているというわけです。結果、黄色ブドウ球菌のような悪玉菌が皮膚で生えやすくなってしまうのです。現代社会での過度の清潔主義が黄色ブドウ球菌の住みやすい環境を作ってきたわけで、ちょっと皮肉な話です。



他にも原因があります。抗生物質です。
1960年代からの抗生物質の使用が黄色ブドウ球菌の耐性化を引き起こしました。黄色ブドウ球菌はあらゆる細菌の中でもっとも早く耐性遺伝子を持った細菌です。

そのため、抗生物質が投与されると、他の菌は死んで、黄色ブドウ球菌が生き残るようになります。専門的には、黄色ブドウ球菌が生き残るような選択圧がかかっていた、といいます。

こうして、ヒトが本来想定している皮膚の細菌叢から、黄色ブドウ球菌(≒悪玉菌)が多い環境になってきた。もともと肌が弱い人(アトピー遺伝子を持った人)も、従来の細菌環境では何の問題もなかった。だけど、悪玉菌が一気に増えちゃったので、湿疹を発症⇒アトピー性皮膚炎となったわけです。

写真は成人のアトピー性皮膚炎です。こういった皮膚からは高率で黄色ブドウ球菌が検出されます。

黄色ブドウ球菌は皮膚の炎症を起こします。長年の炎症で皮膚が線維化するとこのような皮膚になります。





近年になってアトピー性皮膚炎が増えてきた原因が分かって頂けたでしょうか



そろそろまとめに入ります。


細菌は地球上でもっとも早く生まれた生命ですし、いかなる生物も細菌だらけの環境の中で進化してきたわけです。細菌の海の中に我々は住んでいると考えてください。細菌は環境によって一気に増えたり、減ったりします。細菌環境は非常に流動的なものなのです。


ですが、細菌は目に見えません。どういう風に変化しているか、なかなかとらえることはできません。近代になって、人々が気づかないうちに、ヒト周りの細菌環境は急激に変化していたのです。そのひとつが、黄色ブドウ球菌が広がったことです。

赤ちゃんはもともと肌が弱く、常在細菌叢(≒善玉菌の細菌叢)も十分に確立していません。黄色ブドウ球菌が皮膚について、湿疹を作ります。その状況が長く続くと、TARCが高い状態が続き、食物アレルギーを発症します。
こちら参照

さらに、免疫の発達によって、赤ちゃんの時期に作られた細菌バランスが固定化されることになります。これがアトピー性皮膚炎の原因となります。遺伝因子と環境因子が合わさってアトピーを発症するということです。


アトピーの原因として、食べ物だとか、アレルギーだとか、免疫の異常だとか、いろいろな説がありました。そんなの全部忘れてください。

ずばり!近年になって皮膚の細菌叢が急激に変化したことに、ヒトの方が適応できていないことが最大の原因です。分かりやすいでしょ。





ヒトの生きていく環境と細菌の環境は今も変化を続けています。特に赤ちゃんはその影響を強く受けますし、将来の病気のもとになってしまいます。

じゃ〜、どうすれば良いの?って思われますよね。簡単にできることを列挙しておきます。いつも外来でお話していることです。

・赤ちゃんの肌を石鹸で洗わない。石鹸は頭と陰部だけにして体にはなるべく付けないようにして下さい。

・危険でない範囲で、赤ちゃんにはいろいろなものを食べさせてあげて下さい。食べさせることがアレルギーを防ぎます。アレルギーが怖いからと卵や牛乳等の食物アレルギーの原因となりやすい食材を食べさせないのは、アレルギーを作ってるようなものです。

・抗生物質(抗菌薬)は細菌叢に非常に大きな影響があります。極力使用しないことです。風邪もそうですが、中耳炎の大部分も抗生物質を飲ませなくても治ります。

・皮膚の炎症は黄色ブドウ球菌の温床となります。炎症がひどいときにはステロイド軟こうを塗布してください。(乾燥だけならワセリンで十分です。)ステロイドを塗って皮膚を正常化すると、表皮ブドウ球菌等の常在細菌が生えてきます。軟こうによって細菌叢をコントロールするわけです。

・繊細で気を使い過ぎなお母さんほど子どものアレルギーを作ってしまっています。熱が出れば必ず抗生物質を飲ませませんか?中耳炎と診断されて、長く抗生物質を飲ませてませんか?子どもの肌はきれいでないといけないって、せっせと石鹸で洗ってませんか?
大らか、大ざっぱな子育てで良いですよ。適度に汚く、風邪症状は気にしない。その方がお子さんが強くなるわけです。

※大ざっぱでも事故だけは絶対にダメ!気を付けるポイントは押さえておいてくださいね。






 
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